地震!その時、森ビル「六本木ヒルズ」はどう対処した?

1995年の阪神・淡路大震災以降、住宅の災害対策は大きく変化しました。建物を強くするだけでなく、水、食料その他を備蓄し、防災訓練を積み重ね……。では、その備えは発災時にどう生かされたのでしょう。防災に力を入れる森ビルの対処を六本木ヒルズレジデンスを例に取材しました。

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震度観測後、ただちに森ビルの震災対策本部が設置され、全レジデンスに地震放送が流れた

3月11日14時46分、三陸沖で起きた地震で首都圏は大きく揺れました。港区で最大震度5弱。六本木ヒルズレジデンスC棟に設置された感震器も震度を観測しています。その直後から、森ビル社内では短時間にいくつもの動きが起きています。まずは本社内。森ビルでは東京23区内で震度5強の地震が発生すると自動的に災害対策本部が立ちあがることになっており、災害時に各自が何をするかはあらかじめ決められています。訓練以外では初の出動となった今回ですが、社員たちは日頃の訓練通り、社内で担当する物件ごとに集まり、用意されたつなぎにヘルメット、安全靴着用で各物件の応援に出発。六本木ヒルズレジデンスの場合、発災からまもなくして、約30人の応援部隊が到着しています。

現場ではフロントが居住者に対応、防災センターが設備を確認する作業を同時並行で行っていました。フロントは全館に地震放送を実施、エレベーター停止を伝え、室内待機を呼びかけています。その後、インターホンによる安否確認を開始、ここでは高齢者や車椅子利用者などが優先されました。

防災センターと応援部隊が取り組んでいたのはバックヤードにある電気室や発電設備、貯水槽や各階に設置されたマイコンメーターなどの設備類の確認です。エレベーターは地震管制により停止していたため、これらはすべて歩いての作業でした。

六本木ヒルズレジデンス
災害時に近隣から避難してくる人も受け入れられるよう、オープンスペースを広く取り、ゆったりした佇まい。災害に対する備えはランドプランニングの時点から始まっている

不安を和らげたのは日常的に積み上げてきた人間関係だった

発災から1時間余、不安に思った居住者がフロント周辺に集まってきました。スタッフは棟により集会室を解放、フロント近くに椅子を用意するなどして対処。備蓄の水やクラッカー、寒がる人にはスパで使っている防寒ガウンなども提供しました。

フロントには24時間人がいますし、毎日の挨拶などを通じて人間関係もできています。自室でひとり不安を募らせるよりも、知っている人と一緒にいたほうが安心、そんな気持ちは今回の震災を経験した人ならお分かりいただけるでしょう。老若、国籍を問わず集まってきた人たちの中には、1日をカウンター前のロビーで過ごした人もおり、備蓄やここまで培ってきた人間関係が役立った夜。「フロントの対応には後日、感謝の声が寄せられました」(六本木ヒルズレジデンス エリアマネージャー 遠藤徹氏)というのも当然だろうと思います。

フロント
情報がない状態が不安を募らせると、フロントは早々に地震放送を流し、居住者に状況を伝えた

同じ頃にはエレベーターも復旧し始めています。揺れで停止したエレベーターを再稼働させるためには、専門家によるシャフトやロープの安全確認が必要です。特にタワーの場合、長周期地震動でしなったロープが内部の突起等に絡まる危険がここ2~3年、指摘されるようになりましたが、森ビルでは昨年対策工事を行っており、復旧は順次スムーズに行われました。巷で懸念されるエレベーター内閉じ込めもゼロでした。また、室内での家具倒壊、落下もなく、震災後、室内の惨状を覚悟して出張から帰宅した人はいつも通りの室内に、誰かが掃除してくれたか?と疑問を抱いたほどだったそうです。

防災訓練
毎年9月に行われる防災訓練。昨年は居住者に非常食試食や通常は入れない建物の裏側を見てもらうなど、体験型の訓練も実施した

1週間後、六本木ヒルズから一般家庭1100軒分の電力(4000kW)を供給

発災から1週間後。六本木ヒルズに関するあるニュースが話題になります。ご覧になった方も多いでしょう、東京電力への送電です。六本木ヒルズが掲げる「逃げ込める街」を実現するためには、電気は自分で作り、賄うのが基本。ここには1万㎡、3万8000キロワット(一般世帯1万軒分)規模の発電施設があり、ヒルズ内の9つの建物に必要な電力を送っています。発災後、東京電力に送ったのはその余力分です。

プラント概念図
ガスから電気と熱を生み出し、その熱を地域冷暖房に使う。循環型でエネルギーのロスが抑えられる仕組みとなっている
ガスタービン
6台の蒸気噴射型ガスタービンが需要に応じて発電を行う。施設全体の広さは約1万㎡、東京ドームのグラウンド分ほどもある
ボイラー
通常は発電で生じた蒸気を利用して熱供給を行うが、夏場には大小9台の蒸気ボイラーも稼働させ、供給増を補う
蒸気吸収冷凍機
設置されている蒸気吸収冷凍機8台で約1万軒の冷房が賄える。冷却水を敷地内から集められた雨水も使い、節水にも努めている

この設備は通常、電力会社には全く頼らず、安定した電気の供給を行っています。一方、設備の故障なども想定し、電力会社から自動的に補完供給を受けて無停電で電気の供給が継続されるようにもなっています。発電設備の燃料となる都市ガス、電力会社からのバックアップ電力の2つが同時に供給停止した際には、備蓄している灯油での運転に切り替え、3日間は電力を送り続けられるようにもなっています。

また、発電時に生じる熱、蒸気を地域冷暖房に利用することで、使用エネルギーは20%、Co2排出量は約27%などと大きく削減されているのも特徴。このところ、災害時の安心ばかりが喧伝されていますが、もうひとつ、環境にも配慮、無駄なくエネルギーを使う省エネシステムでもあるのです。

建物、地盤や法令だけでは安全は守られない

電力事情のひっ迫する中、東京都の猪瀬直樹副知事を始め、この施設には自治体、企業などの見学が相次いでいます。が、私はこれだけの施設があることはもちろん、この施設に、法が定める以上に考えうる手段をすべて駆使して電力を確保するという強い意志がある点も特筆すべきだろうと思います。

電気事業法には設備の規模、料金設定などにいくつもの規制があります。しかし、その厳しい状況下にありながら、前述の通り、この施設の熱源はガス、電気、灯油と3重に備えられており、地域内の配電線、発電機の補完電力も2回線を用意。街の電気を守るため、法令以上の備えがなされているのです。

電気事業同様、タワーマンションにもさまざまな安全面の規制があります。建物そのものの強度はもちろん、非常用電源、エレベーターなどの防災救助に関する設備なども法令で定められており、基本的には他の建物よりも安全に作られています。

しかし、法令に従っていれば、本当に安心できるか、今回の震災ではそう思った人も多いはずです。いくら、建物が安全だと分かってはいても、揺れは怖い。その恐怖や心細い思いを軽減してくれるのは、今回、フロントに集まってきた居住者が求めたと同じ、声を掛けあえる人間関係が生む安心感でしょう。備蓄が有効に生きるのは、臨機応変に配布を判断できるスタッフがいてこそです。

六本木ヒルズレジデンス エリアマネージャー 遠藤徹氏
初の災害出動だったが「どこに人が倒れていたら、どう対処するなど、具体的な想定で訓練を重ねているので、今回も想定外のことはなかった」と遠藤さん

以前、このコラムでマンションの防災事情を取り上げた時、「人間を守るのは最終的には人間」という森ビルの基本姿勢を紹介しましたが、今回の震災では、その言葉が正しかったことがはっきりしたのではないかと思います。地盤、建物や法令に基づいた備蓄量などといった数字、ハードの情報だけでは人間は安心できません。物理的な安心とともに、精神的な安心も考える。これからの住まい選びではそうした視点も大事になってくるのではないでしょうか。

取材物件・取材協力

【取材物件】六本木ヒルズレジデンス
【取材協力】森ビル株式会社

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