海外では一般的なものの、日本ではあまり知られていない賃貸住宅の類型のひとつにサービスアパートメントがあります。日本に全く無いわけではなく、検索をかけるといくつかの物件が出てはきますが、サービスのない、単に家具が付いているだけの物件を称しているケースも少なくありません。では、本来のサービスアパートメントとはどのようなものなのでしょうか?1986年のアークヒルズ誕生以来、パイオニアとしてサービスアパートメント物件を供給し続けてきた森ビル株式会社の例からご紹介しましょう。
六本木ヒルズレジデンスで滞在体験、驚きの上質なサービスも。
都心、特に港区のオフィス・住宅といえば、まず浮かぶのが森ビルでしょう。同社ではアークヒルズ以下3棟でサービスアパートメントを提供しております。今回は記事を書くにあたり、実際の部屋、サービスを体験してみようと六本木ヒルズレジデンスDに滞在してきました。
六本木ヒルズレジデンスDはブランドショップが並ぶ六本木けやき坂通り沿いにあり、目の前にはカフェ併設のTSUTAYAの大型店舗、隣にはスーパーがあるという立地。ほんの数分も歩けば麻布十番で、新旧、洋の東西を越えた様々な飲食店や物販店が並び、外食はもちろん買い物には事欠きません。
さて、建物へ入ると正面には24時間バイリンガルで対応してくれるフロントがあります。入居時にはカウンターで必要書類を記載し、鍵を受け取った後で顔写真の撮影が行われたのですが、この理由に驚きました。セキュリティはもちろん、ご入居者の顔写真をフロントスタッフが共有し、顔と名前を覚えて対応できるように、との配慮だというのです。
深夜、早朝でも「行ってらっしゃいませ」「お帰りなさいませ」の挨拶があり、見守られている感がありました。特にさすがと思ったのは、ルーフガーデンの場所を尋ねた後、フロントを通りかかった時に「場所はお分かりになりましたか」と、違うスタッフから声をかけられたこと。挨拶だけなら顔を覚えていなくてもできますが、以前の質問を共有するのはなかなかできません。もちろん「お忙しいご様子のご入居様には配慮いたします」とも。つかず離れずの心地よいサービスです。
家具や家電、備品一式に加え、災害時への備えも提供された室内
部屋はEタイプ(54.16㎡の1ベッドルーム)。六本木ヒルズレジデンスDの場合、10階まではシンプルで機能的なデザイン、11階~18階はコンラン&パートナーズによるデザインアパートメントとなっています。私が滞在した部屋は、そのなかでも「スピリチュアリスト」と呼ばれるインテリアデザインで、鮮やかな壁色と、若手の現代アート作家・内海聖史氏の水彩版画が印象的でした。家具、家電はもちろん、食器やリネン類、Wi-Fiその他生活に必要な備品は一式揃っており、キッチンには洗剤や布巾、まな板まで。ダイニングテーブルにはコーヒーやスナックの入ったウェルカムギフトもあり、ほっと一息つくことができます。
きれいに整えられた部屋を保つため、清掃やリネン交換などのハウスキーピングが行われます。室内にはドライクリーニング用の伝票や専用の袋等も置かれており、定期清掃時に合わせて出す、あるいは、フロントに持って行く、のいずれかのやり方で依頼が可能。仕上がった品は室内に届けられるそうで、忙しい人にとっては便利で快適なサービスです。
室内の説明でなるほどと思ったのは、非常用コンセントと非常用照明。六本木ヒルズは街の中で電気を自家発電しているため、周辺の電気が止まってもレジデンスをはじめ、街の全ての電気は止まりません。それ自体が驚きですが、万が一に備え、ビル内には非常用発電機が設置され、それらが稼動すると使用することができる設備なのだとか。災害時に「逃げ出す街から逃げ込める街へ」をコンセプトとしてデザインされた六本木ヒルズならではの心強さです。収納内には非常時に備え、エマージェンシーキットも用意されていました。
室内で魅力的だったのは窓辺に広がる開放的な眺望。目の前に元麻布ヒルズが見え、向きによっては東京タワー、富士山、低層階には桜の見える部屋もあるそうです。
建物内にはラウンジ、ルーフガーデン、敷地内にはスパ、健康相談室も
建物内、敷地内を探索してみます。まずは建物内。18階には来客対応、書斎などとして使えるラウンジがあり、会議室も。コーヒーサービスもあり、ちょっと気分を変えて考えごとや読書に集中するなど、使い方はその人次第です。さらにその上階には広いルーフガーデンがあります。六本木の中心にいるとは思えないその静けさは驚くほど。ことに早朝は思いがけず鳥のさえずりが響いていました。
続いては敷地内にあるスパ。ロッカールーム、バスルームのあるフロアを真ん中に下階には20m×2レーンのプールにジャグジー、上階には各種マシンが揃ったジム、スタジオにエステ、ネイルが受けられるサロンが配されています。
宿泊した日はたまたまスパ休業日で、それを利用して子ども向けのスイミングスクールが開催されていました。子どもたちが対象のため、壁にはふりがなのある分かりやすい掲示、廊下・エレベーター内には濡れた子ども達が走り回って怪我をすることがないよう、タオルが敷かれていたのですが、翌朝には全て撤去され、大人の雰囲気。相手に合わせて日常的に設えが変えられているわけです。
翌朝は6時半のジムオープンに合わせて訪れたのですが、もうすでに走っている人、泳いでいる人がおり、なんとも健康的。20分、30分と短時間でも毎朝トレーニングしてから出社する人々で賑わっています。仕事や家族に責任のある人は、自分の身体にも責任を持ってケアしているのでしょう。
スパ内のラウンジではビュッフェ形式の朝食が用意されていました。それ以外にもオーダーすれば専門のシェフが用意した和定食や健康に留意したオリジナルメニューも頂けます。デイタイムには、オリジナルのヘルシーフードやジュースも人気。愛宕グリーンヒルズフォレストタワー、アークタワーズではルームサービスも利用できます。
もうひとつ、森ビル独自のサービスとして、特に海外の方からの評価が高いのは健康相談室。東京慈恵会医科大学附属病院と連携し、医師と24時間待機するバイリンガル対応の看護師が相談に応じてくれるもので、電話相談も可。「特にニーズが高いのが小児科で、風邪、インフルエンザが流行る時期には15分おきに予約が入ることもあります。徒歩ですぐに駆けつけられるので、子どもを2人連れてくるお母さんもいらっしゃいます。子どもの成長相談などが気軽にできる点も評価されているようです」とはスタッフの方の弁です。
暮らしてみると六本木の素顔が見える
たった一晩ですが、どう過ごすかはずいぶん考えました。22時まで営業している森美術館に行ってから映画館でレイトショー、ミシュランの星のあるレストランで食事、遅い時間からのライブを楽しむ……。都心には様々な楽しみ方がありますが、サービスアパートメントは我が家のように暮らす場所。そこで日が暮れるまでは敷地内を散歩、夜は部屋で友人たちとのんびり食事をすることにしました。
歩いてみると何度も訪れていたはずの六本木ヒルズ内に、知らない場所、見ていなかったものが多数あることに気づかされました。子ども達で賑わう通称ロボロボ公園(港区立さくら坂公園)、住んでいる人しか通らないであろう桜の名所さくら坂、車イスやベビーカーを止めて置けるスペースに数々のパブリックアートとしてのベンチ、何種類ものつつじに山吹・シャガなどの花々……。植物好きならそれだけでも充分に楽しめると思います。仕事や買い物で通り過ぎるだけでは分からない魅力、それもこの街に住む楽しみのひとつでしょう。
もうひとつ、サービスアパートメントの利用者層の幅広さも発見でした。一般には国内外からの出張で東京に長期滞在される方々の利用が多いと聞きますが、この2日間ですれ違ったのは、ビジネスマンはもちろん、様々な年代の子どものいる家族や若いカップル、高齢者などなど。特に六本木ヒルズでは、歩行者と車道が分かれているため、小さな子どもを持つ親も安心して過ごせそう。
「東京に転勤になり家を探す間のご滞在、ご自宅をリフォームしている間の仮住まいや書斎として。また、東京出張が多い遠方のビジネスパーソンのセカンドハウスやお子様の受験勉強期間のお住まいとしてなど、ご利用いただく用途は様々です。東京慈恵会医科大学附属病院に近い愛宕グリーンヒルズフォレストタワーでは、入院患者のご家族様が看病のためにご利用されることもあります。利用期間は1カ月からで、平均すると3~4カ月です。定期的に利用いただくお客様も多く、ありがたいことに、退去時にお書きいただくアンケートは5段階ですべて5というケースも多数です。」(森ビル株式会社 住宅事業部 賃貸営業部 サービスアパートメントグループ 千葉亜希子氏)
人による「サービス」にこそ価値があるという強い認識
さて、2日間の滞在で様々な発見があったものの、言葉にすると当たり前のことですが、一番強く感じたのはサービスアパートメントの肝はサービスであるということ。ここ30数年間、賃貸住宅ではサービスを付加した物件も数多く登場していますが、その大半は数年後にサービスのない、普通の物件になることもしばしば。それは高品質なサービスを提供し続けることの難しさとも言えるのでしょう。
森ビルではコンシェルジュ業務に当たるスタッフには、定期的に研修を行ってサービスレベルの向上に努めており、その内容は多岐に渡っています。なかには、災害時にレジデンス内で放送する緊急アナウンスの練習のように、毎週という頻度で行われているものもあります。これは、いざという時にも冷静に判断、対処できるようにするため。東日本大震災のような状況下に、日英の2カ国語で、その場に応じた柔軟なアナウンスができるようになるには、それだけのトレーニングが必要なのです。その他にもレジデンスのスタッフやご入居者を交えた避難訓練が定期的に実施されているほか、六本木ヒルズ全体としての防災訓練も年1回実施されているそうです。実際の災害時には、顔見知りのご近所の方と少し話をするだけでも不安が和らぐもの。六本木ヒルズレジデンスのフロントスタッフは、ご入居者にとって、まさにその「顔を見るだけで安心できる」存在と言えるのかもしれません。
それ以外にも、初めて来日した外国人などには観光案内をしたり、生活上必要な施設の情報を提供したりと、ホテルのコンシェルジュより幅広い知識・情報が必要とされます。ホテルでは一般的に長くても1週間程の滞在ですが、サービスアパートメントでは最低でも月単位の滞在なので、お客様ともそれだけ長いお付き合いとなります。その分、サービスアパートメントのフロントスタッフのサービスには、ホテルと比べ深みや奥ゆきがあることも特徴です。
最後に気になる賃料について。条件によってそれぞれ違いますが、同等の利便性・広さのホテルを利用する場合に比べると、遥かに安いというのが答えです。賃貸契約となりますから、ホテルと違い、初回には審査書類を整える必要はありますが、一般住宅への引越しのように、家具の準備やインフラの開通等の初期費用は不要です。ホテルにはない、かつ一般の住宅にもないメリットが多数あることを考えると、決して高くはないはずです。また、虎ノ門に建設中の「虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワー」でも新たにサービスアパートメントが供給される予定。楽しみが増えます。
森ビルのサービスアパートメント一覧
取材物件・取材協力
【取材物件】六本木ヒルズレジデンスD
【取材協力】森ビル株式会社